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風強し。

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 夕方、琵琶湖へ出かけた。曇りの日が続いたが、翌日からは晴れの予定。天気が開放に向かう時は、雲がドラマチックな模様になる。しかも、時々刻々とその表情が変化するので、見ていて飽きない。飽きないのだが、この日は風が強く、長居できる状態じゃなかった。

 長く続けてきたブログだが、こんなことを、いちいち書いていて何の意味があるのかと思わないでもない。デジカメの普及によって写真を趣味とする人口は増えていると思うが、「この種」の写真愛好家は壊滅状態じゃないのかな。

 フィルムが高くなったことがあり、撮影に出かけてもシャッターを切る回数は少なくなった。デジカメだったら、気にせずにもっと撮るんだろうと思う。でも、その「もっと」というのは、必要じゃないのに撮っているものが多数含まれる。なので、必要なものを必要なだけ撮っている今の状態は、ある意味効率が良いとも言える。35mmフィルムの100ftが、2500円前後で買えた時代では、必要ではない写真を、撮ること自体を目的としてフィルムを消費していた。そういう部分はデジカメに任しておけばいい。ある意味、いい時代になったのかな。
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 名古屋ボストン美術館で開催されている「ヴェネツィア展」を観覧した。三連休の真ん中だったが、それほど混雑することもなく、ゆっくり観る事が出来た。絵画だけではなく、鶏卵紙を用いた写真の展示もあった。

 この美術館は500円以上寄付をすれば、過去の展覧会の図録をもらえるらしい。2011年に「恋する静物」が開催されていて、僕はそれをここへ見に来たのだが、ちょうどその図録をこの日は配布していたので、懐かしくなって寄付をして図録をもらってきた。

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 ペラペラとめくっていると、4年前の記憶が蘇ってくる。美術に触れると写真をやりたくなってくるな。



 部下が職務で船に乗りサイパンへ旅立った。噂に聞くと、その職務は厳しく、船という閉鎖された空間でもあることから精神的に追い込まれたりもするので、力づけるための手紙をワープロではなく自筆で書いてやって欲しいと別の部署の人から頼まれたので、書くことにした。

 僕も以前、サイパンを訪れたことがある。2005年の9月のことだ。この頃は、フジのプレストのブローニーがまだ売っている頃だった。海外旅行に中判カメラを持って行ったのはサイパンが初めてだった。南の島へ行くのにモノクロフィルムなんて普通に考えたら妙な選択なのかもしれない。しかし、元々モノクロフィルムしか使わない僕には、それが唯一のものであり、カラーとモノクロ、どちらを持って行くかで悩むことはなかったのだ。

 サイパンは、グァムと比較すると、田舎な感じがする。でも、もう一度行くならサイパンを迷わずに選ぶ。何もない静かな浜辺があればそれでいいのだ。デッキチェアーがたくさん並んだ賑やかなビーチもいいけど、地元の人が散歩しているような浜辺がいい。

 サイパンヘは夜中に到着した。安ホテルで一晩過ごして、翌朝、ホテルの前のビーチを散歩した。チャモロの太った大柄な男性が、一心に浜辺に穴を掘っていた。いったい何を埋めるための穴なのか、それが判明したのはその日の夜のことだ。

 海沿いの道を、ニューマミヤ6を持って、撮影しながらひたすら歩いた。途中、スコールに遭ったので、軒先に避難した。チャモロの人たちが地元の祭りをやっている。プラスチック製のイスを、バンバンと破壊していると思ったら、どうやらイス取りゲームをしていたみたいだ。体格が大きすぎるので、ゲームが白熱してくると、プラスチックのイスでは耐え切れずに、砕け散るのだ。その様子を見ていた、体格の良いおばさんが、豪快に笑っていた。あまりにも楽しそうだったので、しばらくその様を眺めていたら、10歳くらいの少女が、僕にケーキを持ってきてくれた。その後、彼らに招かれ、フライドチキンやチャーハンをご馳走になった。日本語を話せる、おばあさんがいて、私たちはサイパンに住むパラオ人の集まりだと言った。イス取りゲームが、ここまで楽しいものだとは思わなかった。礼を言い、その場を離れた。

 スコールが止んだので、散歩の続きを始める。海に眼をやると、タコが岩にへばりついている。捕獲しようと試みたが、足が切れて逃がしてしまった。その足をそのまま口に放り込む。口の中でモニョモニョと動いているが、そのまま味わった。ホテルに戻り、午睡の後、再びホテルの前のビーチを歩いた。陽が沈むわずかな時間、撮影に専念する。周囲が暗くなった頃、この浜辺でも地元の人たちの祭りが始まった。簡単なステージが設けられて、そこでファイアーダンス等が演じられている。しばらくそれをぼんやりと眺めていたら、料理が載ったプレイトを10歳くらいの男の子が持ってきてくれた。他にも料理があるから、好きなのを取って食べていいと言われたので、ご馳走になることにした。その中に、ブタの丸焼きがあった。これを作るために、砂浜に穴を掘っていたのか。

 グァムでは、残念ながらこのような出会いはなかった。あまりにも観光地化されていて、生活をしている人たちには、ほとんど出会わなかったのだ。僕がサイパンに思い入れが強いのはそのためだ。

 この写真、とても気に入っているけど、ネガに傷を付けてしまったのでもう再プリントすることは出来ないのが残念。

 それで、部下にどんな内容の手紙を書いたかのかなんだけど、それはこのブログの記事とほとんど同じ内容。誰かと出会って自分のサイパンを見つけなさいってことだね。
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 京都の右京区をローライコード4を持って自転車で回った。
自転車での散策がメインになってしまい、撮影は一箇所のみであった。帰りに琵琶湖で写真が撮りたかったので、車に大判カメラ一式を積んでおいた。

 水辺ではは、日没前後のわずかな時間に好んで撮影を行う。この時間帯は光が弱いので、きつい陰影が出ない。

 カヤックで琵琶湖を回っていたときに、比良駅近くの古い集落がある浜辺をとても気に入った。カヤックに乗るときは、大判カメラは持っていかないので、水辺の撮影ポイントのロケハンのみとなる。星野道夫さんはカヤックで撮影していたみたいだけど。

 リンホフMT2000に、CMフジノン105mmを装着する。縦位置だと、フォーカシングトラック写りこまないように気を使わないといけない。タチハラだと、レンズを最前部に出せるので、そういう心配はないのだが。
 
 構図と露出を決めて、フィルムホルダーを挿し込もうと思い、バッグの中を探すと、何と撮影済みのフィルムホルダーしかない。自宅で間違えてバッグに入れてしまったようだ。



20140524b.jpg 気を取り直して、ローライコード4を三脚に取り付けて撮影した。画像のとおり、どんよりとした天気で形の良い雲には恵まれなかった。押さえの1カットという感じだな。またいつかここへ来よう。

















 テレビ番組の「美の巨人たち」で、日本画家の加山又造の、天龍寺の雲竜図の特集が放映されていた。それにしても、加山又造は色鮮やかな版画から水墨画まで、画風が幅広いのに驚かされる。雲竜図は水墨画である。水墨画の世界では、「墨は五彩を表わす」と言うが、これは勿論、観念的な意味合いでのことだ。茶色がかった温黒調の墨とか藍が混ざった冷黒調の墨といった目視で判断出来る色の事ではない。墨で描かれた空に青を感じ、森に緑を感じるといったことだと思う。これは、水墨画に限ったことではない。モノトーンで表現される全てのものに言えることだ。

 しかし、「五彩を表わす」と言っても、それは普遍的な共通認識があるものに限られる。前述した、空や森、雪といったような、経験により記憶したものしか鑑賞者は色を感じ取る事は出来ない。
 モノクロ写真では、セーターを着ている人物のセーターの色までは表現出来ないのだ。その場面において、セーターの色が重要な意味を持つのであれば、もはや表現手法の選択からして間違っていると言える。最初からカラーで撮ればいい。

 しかし、そういう場合、その物体の色は大して意味はなさないのだ。意味はなさないので、セーターの色には気にも留めない。つまり観念的な段階で抽象化されているとも言える。
 水墨画も白黒写真も、その表現方法が発生した段階では、技術的にカラー表現が出来なかったため、モノトーンで表現するほかなかった。考えてみれば、かなり強い制約である。その制約下において諧調表現を模索してきたのだ。技術的にカラーで表現することが可能になった時代においても、その表現方法は独特なものとして存在し続けている。たぶん、これからもずっと。

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キヤノン キスデジタルX3  Aiニッコール50mm F1.4


 昼過ぎまで寝てしまった。起床したら雑煮が出来ていたので、お屠蘇をちょっとだけ飲んでキスデジにニッコール50mmを装着して開放で撮影。プログラムでは、2EVほどオーバー露出になる傾向にあるようだ。マウントアダプターを使用しているので、近距離での開放では正確なピントが出ない。そのズレは勘で補正する。

 その後、無水エタノールでレンズを清掃する。今夜も昨日に引き続き、photo.net 無作為閲覧に興じよう。
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 大掃除を終えて、ほっとした心持で手持ち無沙汰な大晦日の夜、撮影すべき対象を探すために、写真を無作為に閲覧することにする。photo.netの、「GALLERY」タブのプルダウンメニューで、「Random Image Generator」を選択し、テレビを眺めつつ、2時間ほど閲覧する。

 「これはないでしょー。」「被写体はいいけど、構図がイマイチ。」「またこの表現か。」「これは完璧。」と、勝手な感想を抱きつつ閲覧する。動物や虫を撮影したジャンルの写真は僕には興味は持てそうにないので、静物や一般風景、ドキュメンタリーを中心に見ていくことになる。

 2013年は、熱心に活動することが出来なかった。2014年は何を撮ろうか。実は何年も前から何回も撮影しているけど、気象条件等に恵まれず、なかなか作品化出来ないものがある。その場所には今年も機会を見つけて訪れてみよう。あまりのんびり構えていると、その前に寿命が尽きてしまうな。その前にフィルム自体がなくなってしまう可能性もあるけど。
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 愛用しているトライXが無くなりそうなので、イルフォードのHP5+の長巻を購入した。トライXは、価格が高騰しすぎて気軽に買えなくなってしまった。価格が上がっても、それ以外選択肢がなければ買うと思うけど、そこまでトライXには執着がない。トラディショナルタイプのコダックのトライX、フジのプレスト、イルフォードのHP5+、この3銘柄でISO400クラスのフィルムは選べばそれで良いと思っている。プレストは長巻がなくなったのが残念。5000円以下で長巻がずっと買えるとありがたいのだが。
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 2月17日、96歳の祖母が死んだ。永眠でもなく他界でもなく死んだ。とても痛い表現だが、そうなのだと思う。

 つい2ヶ月ほど前は、僕が暗室作業をする時には、いつもコーヒーを入れてくれたりリンゴを剥いてくれたりしていた。これからは自分でコーヒーを作らなきゃならないな。

 葬儀の当日、冷たくなった祖母の顔をライカで撮った。この日がいつか訪れる事は分かっていた。長生きして年齢の順番通りに死んでいくのは、多分幸福なことなのだろう。


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 神戸市博物館でオランダのマウリッツハイス美術館展が開催されている。目玉は、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」だ。この絵画が来日するのは、2度目かな。
 まさか日本で見る機会に恵まれるとは思わなかった。
 
 チケットを購入するのと、「真珠の耳飾りの少女」が架けられている部屋には、列が出来ていたけど、これくらいの混雑であれば、我慢しなくてはならない。平日に休暇を取って出掛けたのは正解だった。この絵画以外にも、同時代のオランダのレンブラントやルーベンスの絵画も展示されていた。
 
 実は、この日、M6TTLを鞄に入れて、午前中は京都で、絵画鑑賞後は神戸の旧居留地をスナップした。カメラを提げて街を歩くのはいいものだ。Belairの交換品、早く届いて欲しい。そうしないと、来週、カヤックで水郷へ行くときに持って行けないことになってしまう。

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